少し長い話になります。僕の親父も絵描きでした。東北の田舎から闇雲に絵描きに憧れて上京。紆余曲折の末に念願の絵描きに。その息子は家の中に絵を描く環境が常にあり、三度のご飯を戴くのと同じように画材も机もあちこちにありました。そう、苦労知らずで育ち、いつから絵描きになったのかすら記憶にありません。それでも若い頃は、そんな親父を向こうに「親父とは違うことを」と鼻息だけは荒く、絵を描くこと、描いて何を伝えるのか?なんて何も分からずにただ描いていました。「お前には何も教えんよ、教えたらお前がだめになるし、ワシもだめになるからな」と。その言葉の奥底にあるものなんぞ、探ろうともせず「そこまで言われて誰が教わるか」と不遜の極み。そんな態度の僕に、これだけは覚えておけ。この左馬は誰も描かん左馬だからと唯一手ほどきを受けました。それでも僕に描かせることなく、ただただ自分が描いてみせるだけの二時間と少々。これは習って身に付くものではない。お前の左馬はお前が描いて自分のものになる。黙って見ておれ。今になれば全てが解るのですが、その当時は???の連続。親父も師を持たぬ人でした。正確にいえば、門を叩く勇気もなく、術も知らなかったのだと聞かされました。我流が独学の域に達するまでの努力は計り知れないものがあったはずです。努力家の親父。その倅は妙に器用で飲み込みは早く、なんとなく形にするのは上手い。その事の浅さに気付いた時には親父はあの世へ。教わろうにも教われなくなってやっと親父に弟子入りしました。遺した作品を見、文章を読み、真似もし、道具も同じ物を使う。だんだん近付いてきている・・・のも気のせいでした。形は大事だけど、表っ側からは何一つ出来上がらない。骨がなければ肉も付かず肌で覆うこともない。還暦をとうに過ぎ、今さらながらにそんな事を思い知った男の左馬です。今年一年、叩きに叩いて鍛え上げます。横目で構いません。見届けてやってください。
宜しくお願いいたします。